第3話 天狗のねじり杉


 参道松並木のはずれ、ちょうど三本松の反対側のかどに、一本のねじれた杉の木がございます。これが天狗のねじり杉でございます。残念ながら昭和の末に枯れてしまいましたが、切り倒すのは惜しいと保存のための工事がおこなわれました。昭和63年の夏に、いまは亡き丸山安蔵翁が汗水を垂らしながら工事をして下さいましたおかげで、いまも往時の姿を偲ぶことができるのはまことに有難いことでございます。
 それにいたしましても、天狗どのの怪力と申すものは、たいしたものでございます。いつの頃かはわかりませぬが、天狗どのが軽くひとひねり致しまして、こんな格好になったのだといわれております。もとは並木の三本目に立つ杉のように、まっすぐに立っていたのだそうであります。
 ところで、天狗どのはたんなるいたずらで、こんな格好にしたのでございましょうか。いえいえ、そうではないようでございます。ねじけっ子というものはいつの時代にもいるようでございますが、天狗どのはそのような子どもらの「心の教育」と申しますか、素直に育ってほしいとの思いから、このねじり杉をお作りになったようでございます。昔、どうにも手におえないねじけっ子をこの木にしばっておきますと、翌朝には三本目の杉にしばられており、、どんなねじけっ子でも、すなおなやさしい子になっていたと伝えられております。
 いまのご住職はこどもの頃、いうことをきかないとよく土蔵のなかに閉じ込められたそうでございますが、ねじり杉にしばられなかったのは、たぶん人目をはばかってのことでございましょう。昔とはちがって、昭和30年代になりますと、門前には家が建ちはじめ、人の往来も盛んになっておりましたから、先住さまもさすがにねじり杉にお弟子さんをしばりつけるというわけにもいかなかったのでございましょう。