第5話 天狗の遊び松


 山門向かって左側の、もっとも巨大な黒松を、天狗の遊び松とも、また天狗松とも申しております。全国あちらこちらにある天狗松がみなそうでありますように、まことに巨大な松でございます。途中までやや斜めに立っておりますが、昔の子どもらは、この斜めの幹をかけ上がることを競い合うのを遊びとしておりました。あまりに太く、つかまえどころがありませんので、一間ほども上れれば上々でございましたが。
 ところで、昼は子どもらにとっての格好の遊び場所でございましたが、夜ともなりますと、ガヤガヤと梢に騒ぐ声がいたします。飛翔自在の天狗どのとそのお仲間たちが、休息やお遊びの場所にしていたとのことでございます。上の方にちょっとした腰かけ場所のようなところがありまして、天狗どのとお仲間たちは、その場所や枝などに腰をかけまして、おしゃべりの時をすごしていたようでございます。
 ことに昔は、夜ともなりますと、人っ子一人通らぬ参道でございましたから、使いに出されたお小僧さんなど、通りがかりに頭の上でガヤガヤと騒ぎ合う天狗の声を聞いたといたしましたならば、どんなにか肝をつぶしたことでございましょう。
 ところで、参道の方からは見えませぬが、いつのころからか、この天狗松の上の方には洞(うろ)ができております。洞は二つございまして、毎年この二つの洞のなかで、実はフクロウとムササビが子育てをしております。どちらがどちらの洞を使っているのかは定かではございませんが、毎年繰り返される生きものの命のいとなみでございます。近年は大気汚染やら、酸性雨などで、松は次々と枯れておりますが、この「大乗利他」の黒松だけはなんとか守って行きたいものでございます。
 いまのご住職の代になりまして、かれこれ20年近くになるのでございますが、これまで不思議にも参道の松は一本も枯れておりませんでした。しかしながら、近年はとくに衰弱が激しく、とうとう県営アパートのそばのクロマツ一本が枯死いたしました。止むを得ず伐採いたしましたが、実はその木にも下からは見えないところに洞がございまして、伐採のおりになんとムササビが飛び出したのでございます。そのおり、たまたま地域のお仲間で作っておりますサンクチュアリ保護基金の主催で、黒松とのお別れ会を持っておりましたので、ねぐらを追われたムササビが一目散で山へ逃げて行く姿を、居合わせた子どもたちは全員目撃したのでございます。このときばかりは、松の保全に取り組んでまいりましたご住職もさすがに涙を禁じえず、人知れず慟哭されたとのお話でございます。
 最近、あらたに天狗松のそばのアカマツも枯れまして、伐採の止むなきに至りましたが、このときもまたムササビが一頭飛び出しました。しかし今度は、幸いにもムササビはすぐに天狗松の巣穴に逃げ込みましたので、見守っておりました一同もホッと胸をなでおろしたのでございます。滑空するムササビの姿をご住職のデジカメとやらが見事にとらえたとのことでございますので、写真をご覧になりたい方はご住職にその旨お申し出下さい。